2011/03/31

Yutaka SONE @ Opera City Art Gallery

メモ

20110327曽根裕展 Perfect Moment 最終日@オペラシティアートギャラリー

前日(26日夜)、Ustにて遠藤水城の話を聞く(というか観る)。要するに曽根のいくつかの作品をある1つの枠組みの中に束ねていく(それは通常はキュレーターの一番の仕事だ)のではなく、できるだけ特定の方向性や意味づけが破綻するような方向性に持っていく事が狙いだったようだ。会場にはキャプションや解説はなく、隣の作品が目の前の作品に干渉してしまう(邪魔する)、あらゆる解釈の可能性が開けていく、そのための亀裂を沢山作る……といったような。

確かに曽根作品はよくわからないと思っていたし、実際見てもやはりよくわからなかった。映像作品はまだ分かりやすいのかもしれないが、彫刻については何なのか。ただのナイーブな彫刻にも見えるが、中国やメキシコでの生産体制などを考えるとそんなナイーブなことで制作が回っているとは考えにくい。何故この人がこんなことをやっているのか、つかみ所がない。つかんでも鰻のように滑って逃げていく。

この様なタイプの作品はキュレーターは扱いにくいに違いない。強引にストーリーやコンセプトを捏造して展覧会を作るのが楽だと思われる。そういう意味で、作品群を特定の意味に束ねてまとめていく、という方法の放棄を目指したのは大変誠実なのかもしれない。

例えば、見ていて考えた事。ナイトバスが走る夜には、世界の別の場所でバースデーパーティーが開かれているはずだし、パーティーの背後で回る観覧車は彫刻となって植物の中におかれ(植物は彫刻でもある)、そうやって過ごす人々はマンハッタンの中にウジャウジャといるのだろう、というような妄想。これをそのままにしておくように配慮すること。

だが同時に、どこまで展覧会自体から意味や文脈を脱色させようにも、見る側が展示からなんとか意味を引き出そうとする、その欲望を抑圧し尽くすことはできないようにも思われた。いずれにせよ、何らかの意味を読み取ってしまう。「美術」の「展覧会」だから、なおさらその文脈に引き込まれるのだが、そういった制度的な文脈を抜きに考えても、単純に作品から何らかの意味を引き出し(たことにし)て安心してしまうだろう。

というわけで、制作或は展示の方向性として、意味を脱色し、脱臼させようというのは誠実だと思うけれど、これが本当に機能するためには見る側が事前に禅寺で修行でもしてマロニエの葉に世界を見れるようになっておらねばならず、逆にそこまで解脱できてれば展示とかいらないんじゃねぇか、だってマロニエに無限の世界が見えてるんだから……というお決まりの悪ループに嵌る様に思う。

だから上記の方向性ではなく、逆に意味を引き出そうとする欲望を肯定的(且つ積極的)に使いつつ、そこをフックにして落とし穴に落とすような方法はとれないだろうか。

アーギャラリー前のミュージアムショップで、展示のカタログと『informal』を買って帰る。これから読む。

マンハッタンの前で、ニューヨークに住んでいたとおぼしき爺さんが「ここの横のビルがティファニーでね」「懐かしくってね……」と言いながら立ち尽くし、そろそろ帰ろうという婆さんに泣きながら「こんなの見たら動けないよ」と言っていたのが印象的であった。

2011/03/27

政治について

地震については何も書かないつもりでいた。
書けないから、ではなく、書くべきでないから書かないのであり、依然書くつもりはないが、書くべきでない理由について書いておくことにした。

まず、今回の悲劇について、またしても恐怖することができなかった(そして今もできていない)ことを告白しておくが、むろん、私はしょせん東京にいた(いる)のであり、「それは当事者でないからだ」といわれればその通りであるとも言える。

しかし、ならば「当事者」とは何か。死者か。縁者を亡くしたものか。家を失ったものか。移動を余儀なくされたものか。或は、野菜や乳を捨てねばならぬものか。家の電気を止められたものか。子に不安な水道水を飲ませるものか。納豆が喰えずに嘆くものか。どこで非当事者と当事者を分つ線が引かれるか、それがわからない。

そこには被害の程度の差があり、その程度に応じた悲しみと苦しさがあるのだろうが、いずれにせよ全て当事者であるとも言えるのであり、彼らが当事者としてそれぞれの悲しみと苦しみを訴えるのは決して不当ではないように思われる。ならば、何らかの被害(の程度)は「当事者」概念を定義する上で必要条件ではあるかもしれないが、十分条件ではないのではないか。非当事者と当事者との分水嶺は、おそらく被害の程度とは別のところにある。が、そこには今日のところは深入りしない。

今のところはっきりしている事は、私は一応地震に震動をそれなりに感じ、その夜帰宅困難者となり、予定されていた小旅行をとりやめ、ガソリンと食品とトイレットペーパーの買い占めによって必要な日用品を失い、停電の影響で自宅サーバをとめ、放射性物質が含まれるらしい水道水を飲んでいるが、当事者になることに(今回もまた)失敗したということであり、そして今もなお失敗しているということである。

今うっかり、「失敗した」と書いた。そもそも、当事者となることに成功した事があっただろうか?「私は当事者だ」と言えた事があったか?よくわからないが、それも今のところどうでもよい。

結局のところ私は当事者ではないから、地震や原発は単に政治の話に帰着するのであり、つまり資源の確保と分配についての問題である。それは、確かに重要な問題でなくはないが、私の生にとって本質的な問題ではないと思う(と信じたい)。本質的でないというのは、些か曖昧な表現であるが、私が言っているのは単に生きながらえるためだけに生きているのではないと信じていたいというどうしようもなくナイーヴな告白であり、同時に資源問題(政治)などは状況によって取れうる手段などは所詮限られているのだから、その範囲で取り扱って処理するだけの問題でしかないということだ。肉体的な疲労はあるかもしれないが、葛藤したりすべき問題ではない。

水は汚染されているのかもしれないが(汚染されていないかもしれない、が、それは私にはよくわからない=知的リソースも有限なものだ)、ペットボトルの水は売っていないし、そもそもそんなものを買って飲む金もないのだから、水道水を飲むか、何も飲まないかというオプションしか既にない。今後、原発の是非だとか、保険への加入や、災害への対策が検討されるだろうが、原理的にリソースは有限なのだから、政治的問題への対応手段の有限性が解消されることはないだろう。

だから、そのような事柄に心を悩ませるべきではないと思う。処理すれば良い単なる作業でしかないと考えておきたい。政治的な正しさは、それなりの調査と分析に基づいて判断を下すつもりではあるが、そういったポリティカル・コレクトネスには私の生の本質的な部分を懸けたくはない。

だから地震については何も書かない。

世界は地震だけで出来ているのではないし、私の生は資源を獲得するためだけにあるのではない。世界はもっと複雑に構成されているのであり、おそらくその複雑さを観測し記述しうる技術について考える事が美術の仕事ではないかと、そんな事を考えていた。

その間に大家の庭の梅が少しだけ咲いた。

2011/03/01

Exhibition


《6th Daikokuya Contemporary Art Award Exhibition》


Date:2011.03.01[TUE]-03.31[THUR]
Place:Itamuro Onsen Daikokuya
URL:http://www.itamuro-daikokuya.com/index.html
URL:http://www.itamuro-daikokuya.com/exhibition/2011/index.html






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